「おひとりさま」は死後事務委任契約で事前に対策を

人が亡くなると、葬儀を始め、医療費や公共料金の支払い、年金受給の停止など、さまざまな手続きが発生します。これらの事務手続きを「死後事務」と呼び、通常であれば、亡くなった方の親族が行ないます。
しかし、ご本人に身寄りがなかったり、あるいは親族と疎遠であるなどの事情がある方にとって、ご本人が亡くなったあとの手続きを誰が行うのかは深刻な悩みです。このようなときに頼りになるのが「死後事務委任」という仕組みです。

①人が亡くなったあとはどうなるのか

1.人が亡くなったあとにはさまざまな手続きがある
亡くなった状況にもよりますが、通常、病院で亡くなった場合、遺体は安置所に安置されます。病院の安置所は可能な限り早く空けなければならないので、すぐに葬儀社を手配し、葬式の内容や連絡先、火葬の手配などについて、担当者と詳細を調整していきます。
葬儀の手配と並行して、役所への死亡届の提出、生命保険金の請求、年金の手続きを進めます。病院の費用の支払いや、施設に入所していた場合は費用の精算などもしなければなりません。
このように、亡くなった後の事務手続き(死後事務)にはさまざまなものがあり、しかも、これだけの手続きを短期間のうちに行う必要があります。

2.誰が自分の死後事務をやってくれるのか
一般的に、死後事務は配偶者や子ども、親族が行います。しかし、親族がいない、もしくは頼りになる親族が遠方に住んでいて、すぐに来られないとか、高齢で対応が困難なケースもあるでしょう。親族や他人に迷惑をかけたくないというお考えであれば、生前にご自身で対策を講じておく必要があります。
そこで注目していただきたいのが「死後事務委任契約」です。ご本人が亡くなった後に、死亡届の提出、葬儀の手配、医療費や公共料金の支払などの煩雑な手続きを、ご本人に代わって行うことを約した契約です。

②死後事務委任契約ができること

1.委任できる範囲は幅広い
死後事務委任契約は、法律で禁じられている以外のことであれば、委任する事務の内容を自由に決めることができます。具体的には以下の事務の委任が可能です。

医療費や介護施設利用料の支払い
相続人や関係者への連絡
葬儀や埋葬の手配。墓石の建立、永代供養、菩提寺の選定
死亡届と年金受給の停止
賃貸借物件の精算と明け渡し
公共料金、税金の支払いなどの事務
遺品の整理

2.遺産処分はできない
しかし、死後事務委任契約では遺産の処分方法は指定できません、この点には注意してください。遺産相続の内容はご本人が遺言書で指定する、あるいはご本人没後の遺産分割協議によって、相続人の合意により、遺産は分配されます。

③死後事務委任契約の前に

1.どんな人が契約をするべきか
誰もが死後事務委任契約をすべきということではありません。信頼できる親族がいる場合は、あえて死後委任契約を結ぶ必要はないでしょう。この仕組みを利用していただきたいのは、相続人がいない「おひとりさま」や、家族関係が複雑な方、あるいは親族と疎遠になっている方です。

2.誰と契約すればいいのか
死後事務委任契約は、本来、親族などの相続人が行なうべき手続きを、相続人に代わって行うものです。誰に依頼するかについて、法律上の決まりや資格はないので、ご自身が信頼できる方を選んでいただくのが一番だと思います。
もっとも、死後事務というのは、結局のところ金銭が絡む話です。そういう意味で、多くの方にとって、とくに「おひとりさま」にとっては「肉親以外の信頼できる人」というのは、ほとんど見当たらないというのが実情かも知れません。また、金融機関や役所は平日しか対応してくれず、手続きも煩雑です。死後事務を受任される方にとっては、かなりの負担になるでしょう。
したがって、適任者がいない場合は、弁護士、司法書士行政書士などの相続の専門家にご依頼いただくと手続きがスムーズに進みます。

④死後事務委任契約作成の注意点と着眼点

1.公正証書で作成する
死後事務委任契約には決まった形式はありませんが、遺産分割に言及するなど、正しくない内容の文書は後のちトラブルになる可能性もあるので、公正証書によって作成するのが一般的です。公正証書は、法律のプロである公証人が事前に内容のチェックを行なうので、内容が無効になるなどのトラブルを回避することができます。

2.デジタル遺品について
デジタル遺品とは、パソコンやスマホなどのデジタル機器に残されたデータのことです。デジタル遺品は、「物」として残されていないので、第三者にはわからないことが多く、放っておくとそのままになってしまう可能性があります。また、これらのデータは、ご本人しかわからないパスワードで守られているので、ご家族が中身を確認することが困難です。
インターネット銀行の預金がそのまま埋もれてしまうリスクがあるほか、たとえばご本人がFX取引をネット上で行なっていた場合、回収すべき収益を取り逃がしてしまったり、逆に損失を発生させてしまう可能性もあります。預入金以上の含み損が出ると、FX会社から親族に損失分を請求されます。

3.デジタル遺品の「発掘」は想像以上の経費がかかる
デジタル遺品のパスワードの解析を行う専門業者もありますが、費用はかなりの高額であり、そもそも確実に解錠できるとは限りません。したがって、このような資産凍結の事態に備えて、ご本人があらかじめ大切なデータやパスワードを一覧にして書き残しておくことをおススメします。
また、パソコンやスマホのデータ消去や、SNSのアカウント削除を死後事務委任契約の内容として受任者に依頼しておくことも可能です。

4.残されたペットについて
「おひとりさま」にとって家族同然であるペットの引受先を見つけてもらうことも、死後事務委任契約として可能です。あるいは、「ペット信託」という制度を検討するのもいいでしょう。
ペットの飼育のために必要な財産を残す旨を遺言に記したとしても、その後、ペットが適正に飼育されているかどうかを確認するすべはありません。そこで、財産の一部を信頼できる人物や団体に託す(信託契約といいます)ことによって、ご自身の没後も信託財産によってペットを養育できるというのが、ペット信託の仕組みです。

⑤死後事務委任契約との組み合わせ
死後事務委任契約と、そのほかの対策を組み合わせることにより、よりスムーズに相続を実行することができます。

1.遺言書との関係
先述のように、死後事務委任契約では遺産分割を指定することができません。ご自身の財産の承継についてお考えがある場合は、遺言書を残しましょう。
ところが、遺言書の内容がトラブルの種になってしまうことがあります。家族関係が複雑な場合や、兄弟仲が悪い場合などは、遺言書で遺産分割を決めたとしても、その通りに実行されるどうかの保証はありません。たとえ遺言書の内容が法的に有効であっても、相続人全員が合意しなければ遺言は執行されないのです。話がこじれてしまうと、最悪、家庭裁判所での調停や審判を経ないと解決しなくなってしまいます。
このようなリスクに備えて、遺言書で「財産の行き先」を決めておいて、死後事務委任契約で遺産分割手続きを確実に履行するという形を準備しておくことで、不安のかなりの部分が解消される可能性が高まります。この場合に、遺言執行者と死後事務委任契約を結ぶというのがベストな対策かと思います。

2.任意後見契約との関係
「任意後見契約」は、判断能力が低下した際に、「任意後見人」がご本人の財産管理と身上監護を行なうものです。判断能力のレベルによって「成年後見人」「保佐人」「補助人」の3種類があります。後見人等はご本人の生活をケアするために力を貸してくれますが、死後事務は担務外です。これらの契約の有効期間は本人が生きている間に限られるからです。
したがって、任意後見契約を結ぶ際には、同時に死後事務委任契約も締結し、生前没後を通じて一貫してフォローをお願いしましょう。

⑥費用の問題など

1.死後事務委任契約の費用
委任契約を依頼する際には以下の費用がかかります。

公正証書作成費用
各種手続き費用(病院、葬儀、公的支払い等)
委託報酬(専門家に依頼した場合)

費用の支払いについては、死後事務契約を締結する際に、「預託金」としてあらかじめまとまった金額を、受任者に預けておく方法がとられています。また、死後事務を専門家に依頼した場合には、受任者としての報酬が発生します。
報酬金額は、委任する事務の範囲によって大きく変わります。役所への届出などそれほど手間がかからない手続きだけであれば数万円程度ですむこともありますが、葬儀の手配なども一括して依頼する場合は50万~100万円程度かかることもあります。

2.ぜひ専門家にご相談ください
弁護士、司法書士行政書士など、相続事務の専門家は、相続に関するさまざまなアドバイスをしてくれます。死後事務委任契約だけでなく、遺言書の作成、遺言執行者の任命、信託制度遺言書や任意後見契約など、そのほかの手続きについてもあわせて相談できるのもメリットです。
「おひとりさま」をはじめ、ご自分の没後についてご心配な方は、ぜひお気軽に相談してみてください。